真の平和を構築するために

原爆でたおされた人びと、東日本大震災で犠牲になられた人びとに深い哀悼の心を捧げます。私たちは、全力で震災被害に立ち向かう方々に心から敬意を表し、共に生きる者として能う限りの協力を惜しみません。66年前の広島、長崎、そしてその他戦災諸都市の惨状を特に身近に感じる私たちにとって、震災の爪跡と放射線からの避難は決して他人事ではありません。そしてこれからも私たちは、二度と核兵器の被害者にならない、平和で安全な国の姿を求めます。しかし、今私たちが大災害に目を奪われている間にも、災害支援と並行して国境や艦艇への接近偵察飛行、さらに我が国領海内に海上基地の建設強行を行う隣国があります。

震災の少し前には、海保艦への漁船の突撃があり、隣の分断国家では軍艦への魚雷攻撃や民間人の住む島への砲撃で犠牲者も生じました。北アフリカやペルシャ湾岸の産油国などでは、革命から動乱・内戦が収束することなく拡大混迷の度を深め、我が国の産業と生活に負の影響が顕れています。

昨年のノーベル平和賞の授賞式は、中国とノルウェーの異常な対立の中で挙行されていました。しかしその同じ時期、両国は北海の天然ガス採掘権を売却する協定を結びました。理念では先鋭に対立しつつ利の部分では協調する。これは一筋縄では行かない国家関係の複雑さを示すささやかな一例に過ぎません。

広島では、長い間「核廃絶」が唱えられてきました。しかし、いつしか「核廃絶」を唱えることだけが絶対的な善として目的化し、それ以外の思考も議論も許さない、硬直的な世界観が強要されているのが現状ではないでしょうか。

私たちは今、我が国の置かれた状況を冷製に見つめ、広いに専門的視野から、平和と安全と復興の間に横たわる複雑で困難な問題をありのままに認識することが、一層重要になったと考えます。原爆後の惨状を彷彿とさせる震災の姿は、核の存在する混迷の時代の中で、原爆忌の日にこそ祈りと共に、私たちと子孫の平和と安全をどう構築するのか、多面的な観点から現実的な方策を考察せよ、と私たちを促していると感じます。

平成23(2011)年5月3日
「平和と安全を求める被爆者たちの会」
事務局長代理 池 中 美 平

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